2026年8月30日日曜日

対馬の旅 ② 厳原

 
国境の島 対馬

昼も夜もどこへ行っても遭遇するのは韓国人の旅行客。
日本人旅行客は我らだけ?と思えるほどハングルが溢れていた。
ものおじしないで我がもの顔で歩く韓国の人たち。
一瞬、我らどこに来たんだっけ?という感覚になる。

実際、バス停ではハングルで質問されてキョトンとしていたら
片言で「あ、日本人ですか」だって^^
これでもコロナ前に比べれば少なくなったとのこと。

朝鮮通信使対馬易地聘礼200周年記念壁画
壁画の反対側沿路の花壇
ハツユキ草のシルバーとショウジョウ草の赤がとても綺麗だった。

対馬博物館
建築設計は石本建築事務所(2022年)
阿比留氏は対馬国を支配した氏族。
その後支配は宋氏が掌握したが、現在でも対馬では
阿比留姓が最も多い姓である。


厳原の風景

対馬の路線バス(対馬交通)はバス停以外でも手を上げたら
乗せてくれる。
降りる時も降りたい場所で降ろしてくれる。
このりっぱなお宅前でおばあちゃんが降りました。
人口の少ない地域ではとても良いやり方だと思った。

厳原のノラニャン
ノラだけど、どこかツシマヤマネコに似ている。
厳原交差点




2026年8月29日土曜日

対馬の旅 ①  羽田→対馬(厳原)

羽田空港ターミナル2
長崎・対馬へ2泊3日のマイル旅

福岡空港でプロペラ機に乗り換え。
考えてみたらプロペラ機に乗るのは初めてだった。

福岡→対馬便は離陸したら15分程で着陸体勢に。

 19:13  対馬やまねこ空港に到着
空港バスで約30分かけて下対馬の厳原中心街までいく
宿泊は〔東横イン対馬厳原〕
厳原の川端通り




翌朝は早起きしてホテルからすぐの厳原八幡宮へ
境内には
小西マリアが祀られている今宮若宮神社。

キリシタンが神社で祀られているのはとても珍しい。
政略結婚で15才で宋家に嫁いだ小西 妙(マリア)は
父、小西行長が関ヶ原の戦いで西軍の主力になったことで処刑された為
夫の宋義智から離縁され、宋家から追い出される。

不幸な出来事や不穏な騒動が起こるとマリアの怨霊ではないかと
畏れた人々が神社を建立した。

現在に伝わっている史料が少ないのも
逆賊の娘でキリシタンであったマリアを祀ることは
あまり表立ってできることではなかったようだ。



2026年8月22日土曜日

富山・日帰り旅

北陸新幹線かがやきに乗ったら
東京から2時間15分で富山に到着。
お目当ては『寿司栄』 (富山市総曲輪2-8-22)

一時帰国中のY子はすっかり寿司好きになっていた。
ということで急遽決まった40年ぶりの女子旅。

しか〜し我らの到着時間(13時)すでに遅し。
予約不可の為、朝から行列ができるらしく13時でも
10組待ち。ネタ切れのため打ち切りだった。

ちょうど店を出た地元の老夫妻に「気の毒やわぁ」と
いわれ「東京から来た」と云うと益々気の毒がられ
店に掛け合ってくれたけれど残念無念。

「寿司栄と比べてはいけないけどまぁまぁ美味しいわよ」と
その親切な老夫妻が教えてくれた浪花鮨へ。

隣席の御夫人方に運ばれてきた寿司がとても美味しそう。
図々しくも聞いてみたら(富山湾鮨)だったので同じものを注文した。
富山湾でとれた物が中心でばい貝、白エビ、甘エビが特に美味しかった。
そして浪花鮨のこれまた親切なスタッフの女性から
富山ガラス美術館の招待券を2枚いただいた。
今回の旅では富山県民の親切で温かい人柄に3回も遭遇した。
富山ガラス美術館・富山市立図書館本館
建築設計は隈研吾
硝子のドレス

喫茶チェリオは1935年創業の老舗純喫茶
(富山市総曲輪3-6-15-18-1)
白玉クリームあんみつ
アイスはソフトクリームかバニラアイスを選べる。
お店のスタッフにバニラをお勧めされて正解!
手作り餡子も白玉も寒天も全部が美味しい!


路面電車の走る街っていいなぁ!

地元の人いわく
《魚は金沢より富山、富山より黒部》と教えてくれた。

お土産は青山総本舗の鱒寿司
酸味と旨味のバランスが良く美味しかった!


2026年8月16日日曜日

雷門『初小川』

明治40年(1907)創業の『初小川』は雷門から5分の距離。
注文を受けてから鰻をさばき、蒸し、七輪の炭火で焼き上げる。
そのため30分はゆうに待つ。
120年間継ぎ足されてきた秘伝のタレは甘さ控えめで
美味しいうなぎでした!




浅草松屋(1931年11月1日開業)
95年前と変わっていない建物です。

16年前迄、屋上階は遊園地だった。(2010年閉鎖)
現在は『ハレテラス』という今風の名称で営業中。
ハレテラスからの眺望




浅草地下商店街は1955年開業
現存する地下街としては日本最古です。